2006-02-03

web2.0は二極化を招くのではないか?

web2.0とは

 web2.0が話題になっている。私はweb2.0の事は良く分からないのですが、多分私には縁遠い話。

 私はweb1.0や1.5を好んでいます。時の流れで2.0に飲み込まれる可能性は十分にあって、web2.0に位置するはてなブックマークやグーグルを活用しています。ただ、私個人は使わなくても良いと見なしています。個人で構築し、運営するには必然的に1.0から1.5を薦めます。なぜならば、管理者が情報を管理する方が私にとっては魅力的なのです。

 つまり、私はユーザーや閲覧者に口を出されるよりも、むしろ私がユーザーや閲覧者に情報を提供していれば良いと見ているのです。それはどう言う事なのか? 私はユーザーや閲覧者のために情報を垂れ流したのではなく、実は私個人のために情報を書きとめているにすぎないのです。

 逆の場合も同じです。私は一ユーザーであり一閲覧者の立場にいます。情報を提供する側から一方的に情報を享受する立場にいたのだから変える必要はないと見ているのです。レビューのように、著者に向かって感想が書けたとしても、私は著者に文句や感想を言いたいのではなく、むしろ自分のために書き遺しているに等しい。はっきり言って現状の私はweb2.0に不適格な人間なのです。

 また、ユーザーや閲覧者から物を言われたくない人間もweb2.0に好ましい未来があるとは思えない。web2.0とは読み手が書き手に口を出す世界と言っても良い。ある時見た無断リンク禁止を掲げた人々のように見知らぬ人から口を出されることを著しく嫌悪人々は一体全体どこに向かうと言うのか?

web2.0は二極化を招くのではないか?

 私のようにブログを「情報発信のツール」ではなく「書き残す道具」と見ている人間にとって、web2.0はどこか縁遠い話です。今までネットをどのように使ってきたのかが、多分web2.0を好ましく感じるか、そうではないかに分かれるのだと思う。私は、旧来のネットの使い方で実は十分だと思っています。

 これは合う合わないでしかない。web2.0が盛んに取り上げられているからと言って、好ましい未来があるか否かは別問題と言うことです。結果、1.0に安住する人間もいれば、2.0に定住する人間もいるのではないでしょうか。ふと、web2.0特集(PC)を見て「こんな世界興味ないな」と私は思ってしまった。そうしてこの記事のような事をふと抱いたのです。

専門用語ばっかりか

 web1.0は管理者が閲覧者に一方的に情報を送る世界。

 対してweb2.0は閲覧者が管理者のように情報を整理したり口を出したりできると言う世界の事です。下手で偏見のような理解をしているので(そう言う理解だから嫌なのかもしれないが)他所を読んで欲しいですが、現状の私は快く思わない。

他、雑感

 さて、こう言う事を書くと「強い否定者なのか」と思われますが、私は高い親和性を有すことを自分自身で知っています。環境が変わるのは嫌と言いつつも、知らず知らずのうちに環境に溶け込む人間です。今回の場合も、知らず知らず環境に適応してしまうと思う。

 けれど、私がそうであるのだろうとしても、web2.0が話題になる中、旧来の物にもちゃんと良さがあった気がするのですね。そうでなければ自分は使わなかったし学ばなかったのであるから。リッチな機能は確かに良い。だが、逆にweb1.0の方が良いと思うユーザーも少なからず出てくるのではなかろうか。この先、昔の方が良かったと思うならば、旧来の手法で別に良いのではないか。私はそうも思えるのですね。

posted by yosiyama at 16:19 | TrackBack(0) | 書き散らし記事

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