2006-01-09

何に向けて書いたのか分からない記事など感想記事ではない

名指し希望をするにもちゃんと理由があって

 元ネタにリンクしたり名前を明かしたりしない人が多いなとがっくり。そして、そう言う記事は大抵話を知らない人間から見たら「暗号記事」レベルの代物で、一体誰の何に物を言ったのか分からない物がほとんどです。感想を書く時に、リンクをつけたりどこの誰かを明示するのはこう言う理由があります。また、最低限h抜きくらいして欲しいと思う事もあります。

 そう普段思っているからこそ、こんな文章には首を上下に激しく動かしたくなります。

 某有名人ブログに毎回感想を書いてトラックバックを送ってくるファンの人がいて、その人は今まで言及リンクをつけたことがない。有名人ブログからたどった場合は、元記事についての感想だとわかるのだが、そのブログだけ読んでると何かの暗号かと思ってしまうくらい意味不明。

 このように、言及リンクしないことは、自分のブログの読者に対して情報をたどるルートを示さない不親切なものだ――と考えるのが「言及リンク文化圏」である。

 外部からまるで理解できない文章はやっぱり不気味に見えます。リファラを残したくないならばh抜きにでもすれば良いのであるし、クッションページを使ってリンクさせても良いと感じるのです(そうするとリファラが残らないから参照用のリンクを受けた方には伝わりませんが、不気味に感じる参照元不明記事を見るよりは幾分かマシでしょう)。

 そもそも感想記事って何に向けて書いたのか分かるから感想記事なのです。何に向けて書いたのか分からない記事など感想記事ではない。ところが、どこへの感想なのか明示しない記事は存在するし、引用の出典も明示しない人間はいます。自分の読者にくらいは、感想先を明示したら良いのになと、度々感じます。

posted by yosiyama at 09:05 | TrackBack(0) | 書き散らし記事

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