2006-01-05

このブログが続いている理由

最後まで書く

 私の先生は良い人ばかりだった。どう言う作品でも、消したら「ゼロ」なんだって。どんなにダメでも、最後まで作らなければ本当の価値は分からないのだと。意見は最後まで書かなければ分からないし、途中で放り出したり消したりしたら「ない」のと同じなのだそうな。

 作家の指南書には「最後まで書く」という大事さが度々載っている。どんなにダメでも「最後まで書く」ことができる人間は最終的に上達するのだとよく聞く。少なくとも、文章力は伸びてないが、この文章を書いて何かが伸びたのだろうか? 私には分からない。

 ただ、確かなのは、支持されなくとも「最後まで書く」ことは大事だと言う事。消したら何も言っていないのと同じ事だから、とにかく書いて残せと言われた。ふと、ブログ削除ボタンを押しそうになると、こんな事を思い出す。嫌になっても最後まで書こう。最後まで歩こう。最後まで考えよう。そう思って、このブログは続く。私は続く。そうでなければ、もういない。正直書き続けるのはとてつもなく辛い事なんです。

 けれども、この向こう側には何があるのか、見てみたい。一体何が待つのか、いつも気になる。だから今まで書いたのではないか。書き続けて、一日でも多く存命し続けたい。誰のためでもない。私は私のために書き続けたい。

二年三年記し残す

 記録を残すことだけがこのブログの役目。それ以外は何もない。独り言の記録を残し、後でいつか読む。そうして、哂うと思う。私は過去の私を消したがるから、存分に哂うと思う。だが、ある時ある日の私をもう消したくはない。かつてCGI日記に残した僅かな日記を消したときのように、かつて残した小さな日記機能に記した記録を消すように、かつて残したこのブログに書いた記録を消したように……繰り返すかも知れない。だが、それだけはもうしたくはない。私が書き残した物はある日ある時の思ったことであり、そこには媚び諂いも嘘偽りもない。何十と消した記録をもう一度読みたくなる。もう一度、かつて書いた文章を眺めたくなる。そのような気持ちを抱かないために、もう消しやしない。叩かれようが炎上しようが道を外そうが、この記録は残したい。削除後の絶望感を感じたくはない。

posted by yosiyama at 23:32 | TrackBack(0) | 書き散らし記事

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